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トーキョー・アイアン・メイデン

魔物が蔓延るMAD CITYに生息するにも関わらず三十路で処女の日常

風邪引いて無ければ行ってたのですが

2009年の12月26日、渋谷の西村フルーツパーラーで今はもう疎遠になった高校時代の友人と話していた。


「……志村さん死んじゃったよね……」


「あぁ……Yahoo!ニュースで観たかも。びっくりしたよ。イエモンのアルバム買ってたからさ。久しぶりに聴いた矢先に」

「私好きだったんだよね、ライブ行ってたし」

「えっそうだったの、昔ちょっとだけ聴いてたけどな、ライブは行った事無かったわ」


その話題を切り出したのは友人の方からだった。


たまたま「桜の季節」のCMを観て目デカい人が何か暗い感じの曲唄ってるな~って思った日から、
富士通信なる今やヤフオクで法外な値段で釣り上がっているフリーペーパーを集めたり、

2ちゃんねるフジファブリックスレッドに入り浸り、当時千原ジュニアのファンだった私は自己主張が過ぎたあまりに、スレッドが終焉を迎える頃に
「今だから言うけどジュニアヲタうざかった、私が私がって」と言われる等、
バンドに対しての貢献度が皆無に近いファン活動をしていたのだが、
それも「虹」がリリースされた後ぐらいから私の中では緩やかにその灯火は消えて行った。


それから2年後、NHKで放送された京都音博を観てフジファブリックの活動を知る事になりライブに行き始める事になるのだが、そこから先の話はまぁ長くなるので割愛させていただく。


彼が亡くなってからのフジファブリックを聴いていない人、聴いてても何かちゃうわー!ってなってる人沢山いると思う。

そう言った考えの人といつからか話さなくなったりして、時には腹正しい気持ちになってTwitterに怒りをぶつけた事もあった。

そんな私ももうあの当時の様な熱量はもうない。
あれだけ総君総君(山内総一郎)言ってた私も、2000円越え?たけーな……手渡しか……でも金無いし………と写真集?(ほらもうなんだかも分かってない)すら買わないと言う。

そうやって私も元の「生活」に戻って行った訳なんだけど、
もうどうにでもなれよ!と自暴自棄になったり、これから先の人生に漠然とした不安を抱いたり、どうしようもない感情に始末がつけられない、そんな時に聴く声は今でも志村正彦と山内総一郎だ。

この素晴らしいバンドの礎を造った志村正彦もそれを人生を懸けて継承した山内総一郎も偉大だ。
(あっ加藤さんとダイちゃんもね)

まぁ意地が悪いからこんな時期に死んじまった訳なんだけど、

一年に一度くらいはね、ほじくりかえして見つめ直してもいいんじゃないかなって。




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色々あるかもしれないけど、ここからの景色は素晴らしいってこと。